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勝たなければ始まらない

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 今日は中2日で戦う3連戦の最終戦。福岡は2日間でクールダウンと、C大阪対戦のシミュレーションを行って22日、大阪へ向かいました。チーム状況が難しいことに変わりはなく、しかも、C大阪は、昨シーズンに圧倒的な強さを発揮してJ2を駆け抜けた広島を上回る勝点を挙げている強豪。福岡にとっては非常に厳しい試合と言えます。しかし、相手がどこであろうと、強かろうが、そうでなかろうが、とにかく勝たない限り何も始まらないのが今の福岡。やるしかありません。

 試合でリズムを刻むためのポイントは、いかに中盤を機能させるかということ。その中盤の要としてプレーする鈴木惇は、今日の試合に向けて次のように話します。
「自分たちのために勝たないといけない試合。相手どうこうよりも勝って流れを引き戻さなければいけない。勝点をとれば何か違うものが得られると思う。前節は、自分が動いたことでチームにチャンスはできたが、そこからボールに絡めなかった。動いて周りに任せるだけじゃなく、そこから自分がもう1回ボールをもらって、ラストパスやシュートを打てるようにしたい」

 そして、「失うものは100%ないと思う。後手に入らず、前から行って点を取って勝ちたい」と話してくれたのは大久保哲哉。中盤からのサポートを受けられず、機能しない中盤の守備をカバーすべく献身的に走り回り、本来のFWとしての仕事に力を割けない現状に、たまっているストレスは相当なものだと思います。けれども、あくまでも前向きな姿勢は崩していません。

「それを言っても仕方がない。マイナスに考えたら悪くなるばかり。ゴール前にいたいが、それではボールも触れないし、ゲームも作れない。ある程度下がって、捌いて、そこからゴール前に入っていく。それを繰り返すしか今はない」(大久保哲哉)。

 さて、チームが勝てていないことで様々なところに動揺が広がっているように思います。チーム始動日から彼らのトレーニングのほぼ全てを見てきた私も、このような状況は全く考えていませんでした。私の味方が甘かったといえばそれまでですが、自分たちを変えようと必死に準備してきた日々も、ほんの少し歯車が狂えば、あっという間に意味を成さなくなってしまう現実を見るにつけ、改めてサッカーの怖さを痛感しています。

 ここまで勝てなければ、誰かの責任というよりも、チーム全員の責任と言うべきで、どんな手を打っても、まずはチームとしての最低限の機能を果たさない限り、何の効果もないと思います。とにかく勝つこと。それが最初の一歩です。まずは、あらゆる雑念を捨てること。そして、互いに許しあうのではなく、互いに叱責しあうのでもなく、互いに高いレベルを求め合ってボールを追い、ゴールを目指すことです。もし、それが出来ないのであれば、そこまでのチームだったと思うしかありません。
 難しいC大阪戦。でも、彼らが何かを見せてくれることを期待して長居スタジアムへ出かけようと思います。

コメント

もう、いいかげん監督の話をして下さいよ。監督の器では、ないよ、彼は。

采配の妙

今日のセレッソ戦。集中力がなくなったことも、大きいと思いますが、采配の差を感じました。はじめから相手を上回る出足でシュートも多く、同点にしたところまで、あるいは1-2でもあきらめずにチャレンジできていたと思います。しかし、ここでクルピ監督が、アビスパの左(セレッソの右)を入れ替えたことで、局面がかわったと思います。中島があがったスペースを、西沢の完全フリーのシュート(とおるのファインプレーで跳ね返しましたが)され、これで、アピスパの左攻撃を、DFとMFの分断という形で封じました。その結果、アビスパは、左後ろの守備に気をつけなければならず、真ん中が、少し緩くなり、プレーのスペースができました。これに対し、篠田監督は、1-2の後、左サイドの交代、1-3の直後、ボランチの交代をしましたが、その意図は「前がかり」「パワープレー」と思います。この結果、後ろが空き、4点目を献上。パワープレーは、押しこむといいのですが、かえって、プレーのスペースがなく、個人技になってしまいがちです。人はいるのに足は止まっているという感じ。私はここで、スカパーを切ったので、結果は知りませんが、明らかに采配の差を感じたのです。選手の力は、多分、どちらもそう差はないと思います。皆さんがいう、組織力、つまりは、問題解決能力の差だと思えます。一人では、何もできないことを、サッカーは教えてくれます。大人1人対子供11人のサッカーをしてみればすぐに分かります。一人一人は、足りないところがあるけれど、みんなで助け合うと大きな力にも対抗できることがあることを、サッカーは教えてくれます。しかし、采配も必要です。気持ちがあっても、それを戦術にかえる力が必要です。昨年、篠田監督が就任して、気持ちは高まって、みんながきついことを少しずつ我慢して、わりといい結果を出しました、しかし、上位を目指すには、気持ちだけでは足りないと思います。攻撃するには、攻撃できるだけのランニングスペースが必要だし、相手の采配を無にする采配も必要だと思います。勝っているときは、あまり気にならなかったのですが、篠田監督はあまりに指示が細かく、相手にも聞こえているので、意味がないようにも感じます。選手同士の声かけ、アイコンタクトなど、必要ないくらいと思ってしまいますが。素人考えで、完璧にゴール枠を外していると思いますが、先の「監督問題」。替えて、どうなるか、劇的躍進できる人が残っているか。もちろん、監督だけの問題ではないにしても、この成績の責任は、誰がどう受け止めるのか。うーん。中倉さん、どう思われますか。

ある特定の選手、あるいは監督が悪者にされつつありますが、昨年と同じ状況にあるのは、やはりクラブの対応に問題があるからでしょう。
私は、今シーズン篠田監督では結果は出ないと思ってました。(ここまでひどいとは思いませんでしたが・・笑)それでも一番呆れるのは、クラブがそうなる事を予想して対応(サポート)してこないという事です。昨年中倉さんは言われてましたよね。篠田監督でいくなら、状況が悪くなった場合はクラブの協力なサポートが必要だと。
私も、今シーズンはクラブにその辺を期待してましたが見事裏切られた気持ちです。
もうひとつ、昨年のシンポジウムで今まで抱えてきたアビスパの構造の話をされてましたが、今期はこのまま崩壊してクラブも崩壊しサガンドリームのように再生?するのはリスクが多いですか?来期クラブが生まれ変わるのならば今期は、この痛みにも耐えられるのですが・・・。
長文すみません。

中倉です。

どんどこどん さん、かずやん さん、イエローカード さん、コメントありがとうございました。

何かと難しい問題なので、自分の気持ちが正確に伝わるように、いま言葉の整理をしています。必ずレスしますので、申し訳ありませんが、もう少しだけお時間をください。わがままを言って申し訳ありませんが、ご了承いただければ幸いです。

中倉です。

レスがすっかり遅くなってしまって申し訳ありませんでした。

さて、まずはC大阪戦の監督采配について。
ご指摘のとおり、1-1に追いついた後が、この試合の勝負どころでした。そして、結果的にはC大阪に先に仕掛けられて後手を踏んだことで、チームのメンタルが一気に落ちてしまった試合だったと思います。

あの状況で、私の考えは次のようなものでした。
福岡の現状を考えれば、攻撃を仕掛けたとしても3点を取るのは難しい。そして、この時点までは上手く守っていたものの、もともと不安を抱えている守備は、メンバーを代えることで一気にバランスを崩す危険性が高い。ならば、1-1のまま出来るだけ引っ張って、終盤に勝負を仕掛けて2-1で逃げ切りたい。この日の福岡にとっては、それが最も勝つ確率が高いし、ゴールを奪えなくても終盤まで1-1でいけば勝点1を取るという可能性もあるというものです。首位・C大阪相手の引き分けなら、それはそれで価値があるとも思っていました。

また、別の考え方もあったと思います。
今のチーム状況では勝点1では流れが変わらない。引き分けも、負けも同じ結果しかもたらさないのであれば、リスクを背負ってでも、少しでも勝つ確率が高い方法を選択するというものです。こういう考え方も「あり」だと私は思っています。
結果からみれば前者は裏目に出ました。しかし、後者が正しかったかどうかは誰にも分かりません。いずれをとるにせよ、非常に難しい選択だったと思います。

一方、クルピ監督にとっては非常に簡単な選択だったはずです。前半を無難にこなして後半に勝負を仕掛けるのは、いわばC大阪のパターン。それで勝ち続けているわけですから、いつもと同じことを繰り返せば良かったわけです。もし敗れたとしても、勝点を確実に積み重ねている状況の中では、それほど大きな痛手は負わない。決断を下すのを躊躇する理由はほとんどなかったと思います。

福岡にとっては、個人戦術のミスが重なったのも痛かったと思います。2点目のきっかけとなったのは、ハーフウェイライン近くでのマルチネスのドリブルですが、このとき、福岡は中盤でマルチネスに対する人数があまっており、誰かがプレスに行けば止められる状況でした。ボールが奪えないのであれば、危険なゾーンに入ってくる前に、ファールで止めるという選択をしなければいけなかった場面でした。ところが、福岡はみんなでズルズルと下がってしまい、マルチネス、西澤、香川、乾の4人は、ノープレッシャーでCBの2人を崩せばいい状況を得ることになりました。これでは、中央を割られてしまうのも当然でした。この時間帯に2失点目がなかったら、試合は別の展開になっていたかも知れません。

勝負の世界は結果が第一。2点目を先にとられたことで試合の流れが大きく傾いたことは事実ですから、篠田善之監督が采配について批判されるのは仕方がないことです。監督采配とは、そういうものだと私は思っています。もちろん、数あるサッカーシーンではまったく的外れな采配だと感じるときもありますが、この日の采配は、賛否両論ある非常に難しいものだったと私は思っています。

サッカーは結果論でしか語れない部分があります。そして、ボールが右へ転がるか、左へ転がるかでまったく違う結果になってしまうこともあります。また、ミスが必ず起こるスポーツですから、そのミスがいつ起こるかによって、采配の結果が左右されることもあります。いわば、非常に不確実性のあるスポーツで、だからこそ、そうした不確実性が引き起こした結果に全体が影響されないようにしておくことが最も大事なことだと私は思っています。福岡がやっておかなければいけなかったのは、たとえC大阪に敗れたとしても、昇格争いに大きな影響を与えない勝点を積んでおくということ。この日の監督采配よりも、それが出来なかったことこそが最大の問題だったと思っています。

中倉です。

小出しのレスで申し訳ありません。次に、現状の問題点を考えたいと思います。

今の福岡にとって厄介なのは、チーム戦術と個人戦術の両方に問題があるからです。チームとしての戦い方が明確になっていないためにチームの連動性に欠く。そして、チーム戦術を組み立てるにあたって必要な個人戦術の部分で、基本的なミスを何度も、何度も繰り返す。チームが機能しないのは約束事が明確になっていないからですが、失点シーンの多くは個人戦術のミスに起因しているものです。チームの約束事が明確でないことは大きな問題ですが、その戦術云々を語る以前の問題でやられているのが現状です。

こういう状況を招いているのは、監督、スタッフ、選手のそれぞれに問題があるというべきで、それぞれが、それぞれの立場の責任を果たせていないのが、今のクラブの現状です。ですから、監督を代えようが、コーチングスタッフを代えようが、はたまた選手を入れ替えようが、それだけなら結果はまったく変わらないと私は見ています。言い換えれば、それぞれが、それぞれの責任を取らない限り、何も変わらないと考えています。誰かに責任を負わせるということは、そのほかの者や、外部の者が、それで納得するということだけであって、根本的な事態は全く変わらないということです。それはアビスパの歴史を見てもう明らかだと思います。

また、「責任をとる」とは、やめることだとは私は全く考えていません。何かを始めるにあたっては、なすべき仕事があるわけで、責任とは、その為すべき仕事を果たすことです。ですから、「解任」とは、『あなたは責任が取れないと判断したから、契約を解除します』と雇用主が宣言することですし、「辞任」とは、『責任が取れそうもないので、当初の契約をなかったことにしてください』と被雇用者が申し出ることだと私は思っています。

要するに、何か事を始めたら、その目的をやりきるしかないということです。それが責任をとるということだと私は思っています。
もちろん、勝負の世界は相手があることですから、必ずしも目的が達せられるとは限りません。それは、雇用者が内容や行動を判断した上で責任を果たしたと言えるような仕事をしたか、どうかを判断するのだと思っています。

もう終わってしまった試合はどうにもなりませんが、いずれにせよ、これからの34試合で昇格にふさわしい試合をしない限り、誰も自分を納得させることはできないと思います。

中倉です

長いレスを書き込んで申し訳ありませんが、まとめを。

イエローカード さんがおっしゃっているように、結局のところ、これがクラブの力だと私は考えています。好きな選手もいますし、彼らの毎日の頑張りを見ていれば、当然のように、彼らには力があると思いたいし、ぜひ、結果を残してほしいとも思います。
しかし、チームはクラブに属する一つの組織である以上、クラブの力以上のものは発揮することはできません。

監督を守るということは、口先で「あいつは間違っていない」と言うことでもなければ、現状を説明することでもありません。また、結果に拘わらず契約を続行することでもありません。そして、チームを守るということは、結果が出ないことを許容することでもありません。プロの世界では結果を残さない限り生きてはいけず、ただ結果を許容するだけでは、それは単なる延命作業に過ぎません。結局のところ、いずれは、監督も、スタッフも、選手も、この世界から去らなければいけなくなり、誰も守られなかったという結果しか待っていません。

具体的には補強ができればいいのですが、それだけがサポートではないと私は思っています。それぞれの人間が、それぞれの立場で、強烈な意志をもって自分の仕事を果たすこと。それが、本当のサポートです。そうした当り前のことを、当たり前に、地道に、そして多くの人たちに分かる形で積み上げていくことが、本当の意味でのサポートだと思っています。そうすることで、チームや関わる人たちの間に「結心」が生まれ、大きな力が働くのだと思います。いまのクラブの現状は、残念ながら、それができているとは思えません。

昨年のシンポジウムでも話しましたが、こうした状況を生んでいるのはクラブの構造上の問題にあります。「やる気がない」「無責任」ということではなく、出向制度そのものが悪いわけでもなく、本当の問題は、組織そのものが民間企業としての強みを発揮できない構造になっていることです。今のクラブの状況は特定の誰かの責任にあるのではなく、民間企業として機能しない構造のまま続けてきたことで、過去から蓄積してきたひずみが、とうとう限界に達したと考えるのが正しいのではないかと私は思っています。

また、行政、7社会による支援はクラブと市民にとっては非常にありがたいことだと思っています。できることなら、経営を民間の手にゆだねて民間企業としての当り前の組織に変え、行政・7社会には引き続き株主として支援をもらうという形を作れれば、短期間のうちに劇的な変化が起こるのではないかと私は思っています。

しかし、全くサラの状態で民間企業として再出発するのであれば、まずは資金面の問題に直面します。現実的な面でみれば、その場合は、新規にJリーグに参入してきたクラブと同水準から始めることになると思います。そして当面はチーム強化よりも、会社として生き残れるように体力作りに時間と手間をかけざるを得なくなります。それはそれで、一つのやり方だと私は思っていますし、そういうことでも悪くはないと思います。ただ、それを福岡の土地が許容できるかどうかという問題があります。今のような閉塞感からは間違いなく脱することはできると思いますが、その代り、長期間にわたって産み苦しみに耐えなければなりません。「0からの出発」は聞こえがいいですが、相当な努力と忍耐力が必要です。

福岡の外で育ち、生まれ故郷に戻ってきた私は、福岡という土地が、東京や大阪と肩を並べることができる可能性のある土地だと感じています。これは、九州の外から福岡にやってきた人が等しく感じる感覚です。ですから、民間企業の手にゆだね、その気になって経営すれば、日本のトップレベルにたどりつけると思っています。それは、ホークスが証明してくれたはずです。
でも時間はかかります。そこの部分を福岡に住む人たちが、どう受け止めるか。問題はそこにあると思います。難しい問題です。ただ、腹をくくってしまえば、それほど難しくもないようにも感じています。

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