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徳島で見つけた癒しの場

徳島で見つけた昔ながらの銭湯

 昨年の8月。アウェーでの徳島戦取材のために徳島市内のホテルにチェックインするときに見つけたのが「新町温泉」。常宿にしている東横インの真向かいに不思議な雰囲気を漂わせながら存在していました。正体は「銭湯」。昨今あるスーパー銭湯ではなく、古き、由緒正しい(?)銭湯でした。まるで昭和30年代にタイムスリップしたような空間は、懐かしさを伴って、子どもの頃の思い出を蘇らせてくれます。その時以来、私のお気に入り。もちろん、4月の四国遠征でも顔を出してきました。

大きな暖簾をくぐって中へはいると、昭和30年代にタイムスリップ
脱衣場は町の社交場。大きな鏡の下には常連客のお風呂用品ががキープしてある
「ゆ」と書かれた大きな暖簾をかきわけて扉を開けると、まず目に飛び込んでくるのが下駄箱。靴を入れて木製の大きな下足板を取って、中央の番台に座っているおじさんに料金を払って脱衣場に入ります。

子どもの頃に利用した銭湯の番台は脱衣場の中の、男湯と女湯を隔てる壁の隅にあって、お金を払う時にわずかに見える女湯の様子にドキドキしたものですが(汗)、今は脱衣場の外。当然と言えば当然ですが、かつての日本はアバウトだったんだなあと改めて感じました。

 脱衣場はまさに昭和30年代そのまま。そして、当時と同じように、脱衣場は町の社交場でした。政治の話、野球の話、商売の話、そして近所で子供が生まれた話。風呂から上がったばかりの火照った体を冷やしながら、取りとめのない会話を楽しんでいます。そこへ、番台を通って後から入ってきた顔見知りの仲間が加わり、また新たな話題で話に花が咲きます。思えば、当時は町のあちこちにこんな場所があったように思います。素敵な空間でした。

 私が銭湯に通っていたのは今から40数年前の小学校の頃。当時は、まだ内湯がある家は少なく、多くの人たちが銭湯で1日の疲れを癒していました。子どもたちは母親に連れられていくことがほとんどで、小学校低学年の頃は男女にかかわらず、みんな女湯に入っていました。ある時、男の子は女湯の入るのが急に恥ずかしくなって、番台のところで母親と別れるようになるのですが、初めて1人で男湯に足を踏み入れたとき、ちょっとばかり大人になったような気がしたものでした。

風呂上りのいっぱいはフルーツ牛乳で。飲み方はもちろん、左手を腰に当てる伝統のスタイルで
 さて、タイル張りの、いくつもに分かれた浴槽につかって、熱い湯、ぬるい湯、電気風呂などを楽しんでから再び脱衣場へ。そして、当時の子どもたちの間で定番だったフルーツ牛乳を買って喉の渇きを潤します。紙パックのフルーツ牛乳は、瓶のそれとは少しばかり勝手が違いましたが、右手でわしづかみにして、左手を腰に当てる伝統のスタイル(汗)で、一気に喉へ。これが風呂上りの正しい姿。一気に爽快感が体を突き抜けました。

「新町温泉」を楽しんだのは時間にして1時間弱。心も体も癒された貴重な時間になりました。

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