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日本最大・最古の大会「天皇杯」

3試合連続でJを破ったHonda FC

 Jリーグの優勝争いと残留をかけての戦い。J1-J2入れ替え戦。そしてFIFA Club World Cup Japan 2007。12月はサッカーファンにとって見逃せない試合が続いています。そんな中で天皇杯も静かに、しかし確実に佳境を迎えています(汗)。Jリーグ開幕以降、その権威の低下が言われ続ける大会ですが、日本最大・最古の大会は、あらゆるカテゴリーのチームが参加して日本一のチームを決める大会。日本のビッグタイトルであることに変わりはありません。

 天皇杯が始まったのは1921年。それがある勘違いから始まったことは有名な話です。
 日本で初めてサッカーの公式国際大会が行われたのは1917年、芝浦埋立地で行われた第3回極東選手権競技大会のことでした。当時は全国を統一するサッカー協会は存在していませんでしたが、この大会が契機になって、翌年以降、新聞社や大学が中心になって大阪、名古屋、東京でサッカーの大会が行われました。これがそもそものきっかけになって、日本サッカー界は大きく動き始めることになるのです。

 この大会の模様を見た外国通信社が、何を勘違いしたのか「日本にも国内サッカーを統括する団体ができその全日本選手権大会の地方予選が3か所で同時に開催された」と打電。それがロンドンに伝わり、突如、何の前触れもなく、F.A.(イングランド・フットボール協会)から純銀製のカップが日本に送られてきたのです。全国大会優勝チームに渡してほしいとの旨を記した書簡も併せて届いたそうです。時は1919年3月。そのことを報じた3月14日の東京朝日新聞の記事を見たサッカー関係者は大いに驚きました。サッカー協会そのものがなかったのですから、それも当然のことだったでしょう。

 しかし、こうなったら前へ向けて進むしかありません。関係者は奔走して1921年9月10日に大日本蹴球協会を設立。そして第1回全日本選手権が開催されることになったのです。天皇杯という名前で呼ばれるようになったのは第31回大会から。もともと天皇杯は、戦後最初の御前試合となった東西対抗ののち、その覇者に授与するために宮内庁から下賜されたものでしたが、それが全日本選手権の優勝チームに授与されるようになったからです。ちなみに、この天皇杯は、戦後、各種競技に下賜された天皇杯の中で最初のものでした。

 以後、様々な改革を重ねながら拡大。現在では第2種以上に登録された全チームに出場資格が与えられた完全オープン大会となり、地方予選から数えると、毎年約6000ものチームが元旦の国立、そして栄えあるチャンピオンの座を目指して戦います。そして22日、23日は準々決勝。トーナメントも大詰めに近づきつつあります。私がお勧めのカードは鹿島vs.Honda FCの一戦。Hondaは東京V、柏、名古屋と3戦連続でJリーグを破ったアマチュアの雄。とても清々しいチームですが、Jリーグチャンピオン相手にどこまでやれるかが注目です。

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