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閑話休題 「飛行機の中で」
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再び今日から取材旅行が始まります。今は東京へ向かう飛行機の中(もちろん、アップされるのは東京についてからになりますが)。今晩の日本代表vs.チリ戦を取材した後、東京で一泊して明日は空路で宮崎へ。アビスパの一次キャンプを取材して30日にまた東京へ戻ります。そして日本代表のボスニア・ヘルチェゴビナ戦を取材してから31日に福岡へ戻る予定です。2月に入ったら今度は宮崎キャンプ取材。現在のところ、10日、11日に島原で行われる「がまだすリーグ」を経由して宮崎入りし、24日まで滞在する予定です。
12月の中旬からJリーグ開幕まで続く慌しい日々は、すっかり私の年中行事になりました。ホテル暮らしは長くなると里心がつくし、お金もかかるし、経費が回収できるのかという心配は常に頭の中を駆け巡っていますが(汗)、それでもまあ楽しくやっています。25年間勤めた金融機関のサラリーマン人生とは全く違う世界で暮らし始めて3年。幾分、勝手の違いを感じたこともある世界に、今はすっかり慣れてきました。
自分の中で最も慣れたことと言えば、飛行機をバスや電車感覚で利用できるようになったことです。去年の利用回数は55回。これだけ乗れば、そんな気持ちにもなるものです。初めて飛行機に乗ったのは1955年の8月でした。父の転勤で福岡から東京へ行くために利用しました。当時はまだ非常に高価な乗り物で、乗客はわざわざ「よそいき」(この言葉自体が古い)の服を着て身を引き締めて乗ったものです。父が飛行機を利用したのは会社の旅費で清算できたからで、普通は寝台車を利用するのが一般的な時代でした。
その後は、あまり利用する機会は少なくなりましたが、その中でも最も印象に残っているフライトは1980年3月。中学校時代から過ごした札幌を離れ、就職のために上京する時でした。遠くなっていく千歳空港の滑走路を眺めながら、「いつかは立派になって帰ってくるぞ」と心の中でつぶやいて、目に涙を浮かべたことを思い出します(汗)。そんな私の今は、生まれ故郷の福岡に骨をうずめる覚悟を決めたフリーライター。人生は面白いものです。
さて、慣れるということも良し悪し。まして、それがマンネリ化につながるようなら、慣れは決していい傾向ではありません。改めてこれまでを振り返ってみると、自分の中で少しずつ流されている部分があったように感じています。アビスパが変わろうとしているいま、自分も原点に帰って何をするべきか改めて考える時が来たように思います。福岡に住むメディアの1人として、何がしたくて、何が出来るのか。この1、2月は自分の原点を確認する取材旅行になりそうです。
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閑話休題 「ただいま、最終行程」
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予定より少し遅れて新宿に着き、移動の最終行程である、上野発13:30の「フレッシュひたち」で水戸を目指しています。水戸に着くのは14:44。経費を削減するために特急を利用しないことも考えましたが、年齢を考えて奮発しました(笑)。特急券は1300円。時間にして1時間20分ほどの短縮になりますから、10分を約200円で買ったと思えば安い・・・かな。まあ、スタジアムへ行く前にホテルでシャワーを浴びて、ひと休みできると考えれば正解だったかも知れません。疲れて取材にならなかったら本末転倒ですから。
全試合取材を始めた3年前は、体力にものを言わせて時間、快適さよりも料金最優先。今シーズンも基本的に考え方は変わっていないのですが、無意識のうちに楽な行程を選んでいるような気がします。さすがに半世紀も生きていると、体が休養を要求しているのかも知れません(汗)。ただ、いろんな乗り物を利用して分かったのは、夜行バスは意外と快適だということ。列車に長く乗っているほうが疲れがたまるような気がします。JR関係者の皆さん、ごめんなさい。
さて、今回の長旅のお供は、新しく買い換えたワンセグ携帯。携帯は通話とデータ通信のほかは、最低限の調べ物にしか使わないので、それ以外の機能にはあまり興味がなかったのですが、「夏割」やら、貯まったポイントやら、勧められるままに○○会員やらに入っていたら、どんどん割引されて、定価で20000円を超えるはずの最新機器が1300円に。だったらということで機能満載の新機種に変更してみました。それでいろいろと使ってみたら、結構面白い。
私はマニュアルを見ずに、好き勝手に弄り回して機能を覚える性質なので(笑)、まだ使いこなせる段階にありませんが、今朝からずっとFM放送を聴いていました。いつも仕事をするときはFM放送を聴きながらやっているので、外でも聞けるというのはいいですね。それに、たまたま聞いていた局が、昔はまっていたエルビス・プレスリーの没後30周年記念をやっていたので、1970年に見た「ELVIS ON STAGE」を思い出して、辺りも気にせず体でリズムを取っていました。
それにしても、本当に便利になったものだなあと感じています。もう、携帯ひとつあれば何でもできるような感じです。夜行バスの中でも、ほとんどの乗客が動き出すなり携帯と睨めっこ。そして、目が覚めると、また携帯と睨めっこという状態でしたから。でも、おじさん年代の私としては、どこかで違和感を感じてしまいます。確かに便利だし、面白いけれど、じっと携帯をにらみ続ける姿には「何かが違う」と思ってしまいます。機械は使うものであって、使われるものではナイト思うのですが・・・。まあ、私もこうやってパソコンを打っているのですから、大きなことは言えませんが。
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閑話休題 「持て余すほど時間があるときは何をするか?」
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そんな時、私は酒を飲みます(汗)。酒の味を覚えたのは大学2年生の冬。体育会に所属していたせいもあって、お酒を飲む機会はそれ以前からあったのですが、当時、ちょっとしたことがあって毎日のように学生街の安酒場で飲んでいたら、いつの間にか「酒が旨い」と思うようになりました。一番飲んでいたのは 20代後半から結婚するまで。札幌勤務時代はすすきのへ、東京勤務時代は渋谷へ、ほぼ毎日のように通って看板まで飲んではタクシーで帰るという日々を繰り返していました。結構、不良サラリーマンでした(汗)。
ということで、時間があり余る夜行バスの中でも当然酒です。社内放送のビデオ(昨夜は「夜逃げ屋本舗」でした)を見ながらアサヒスーパードライでのどを潤し、半分ほど残っていたジンの小瓶をあけ、さらにブラックニッカの小瓶をクビグビとやっていると至福の時が訪れます。旨い!やはり洋酒はロックかストレートに限ります。特にストレートで飲むときの口の中に広がる香りと、喉を通るときにカーッとなる感覚が最高です。
小瓶を飲むときにいつも頭の中に浮かぶのが、南らんぼうが歌っていた「ウイスキーの小瓶」という歌です。「ウイスキーの小瓶を口に運びながら 涙と悲しみを肴にして」で始まる名曲。男の悲しみを表現した歌ですが、やはり、1人で飲む時に明るい歌は似合いません。悲しみや悔しさ、あるいはやり場のない憤りなどを、黙って丸ごとウイスキーと一緒に飲み込む。そういう渋い態度が大事です(笑)。まあ、実際には、そんなに格好よくないんですけれどね。
酒を飲んだ分だけ、もちろん失敗談もたくさんあります。後から考えて、よく助かったなと思うのは、某金融機関の本社勤めをしていたときのこと。すでに終電が終わっていたため線路の上を歩いて自宅を目指していると後ろから警笛が。振り返ると駅に停車していた回送電車が私を呼んでくれています。「ありがたい」。私は好意に甘えることにして電車に向かって線路の上を走っていきました。でも何か変なんです。そんなに速く走っているわけでもないのに、電車がグングン近づいて来るのです。
ちょっと考えれば当たり前のことですが、回送電車が酔っ払いを拾って送り届けてくれるなんてことはあり得ません。電車の警笛は、単に危険を知らせる警告だったのです。私は線路の横にある土手に草を握り締めてへばりつき、背中に電車が起こす風を感じながら、何とかやり過ごしました。後から怖いと思ったのは、そのときは全く恐怖心がなかったこと。むしろ、ニヤニヤしていたように記憶しています。酒は怖い。死ぬほど飲んできた私が本気で感じた夜になりました。ちなみに、その後は大きな失敗をしなくなりました・・・・・かな。
みなさんも、お酒をたしなむときは程々に。当たり前のことですが、車の運転は間違ってもしてはいけません。
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